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プロフィール

たか

  • 生年月日:1976/8/5
  • 仕事:研究開発
  • 座右の銘:思い立ったが吉日

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11月26日(金)

日本語を反省してみませんか

これは最近読み始めた本の名前である。古本屋でこの本にふと目が行ったので買ってみた。仕事柄文章を書く機会は多し、こういった形で自分以外の誰かに対して文章を書いてもいるので、正しい日本語を使うことへの意識は高いつもりでいる。
本の冒頭で、正しい日本語に関してQ&Aで紹介している部分がなかなか面白い。3つめのQが、私が日ごろから違和感を覚える日本語に関するものだったので紹介する。

「ほうほう族が多いわけ」
Q.「ジュースのほうは袋に入れましょうか」「ご注文のほうはいかがいたしましょうか」というような言い方は敬語と言えるだろうか。
A.敬語は相手を敬う気持ちが通じなければ、敬語とは言わない。これらの言い方は日本人の永年の習性である「間接的な表現を好む」「断定的に言い切ることをしない」というところから生まれたもので、敬語になっていない。

こういう言葉遣いをする若者を「ほうほう族」と呼ぶそうである。確かに「ほう」を付けた方がより丁寧な印象を受けるかもしれないが、気になり始めるとけっこう耳障りだ。実際、上の例でも「ジュースは袋に入れましょうか」で何ら問題ない。
ちなみに、「ていうか・・・」「・・・みたいな」という表現も、同じように間接的な表現で相手への配慮を示すというところから生まれたものだそうだ。面白いですね。

この本の最後に、地方の方言について非常に興味深いことが書いてあるので、これも紹介する。

共通語というものは、まず東京に育った言葉だということ。このためにいろいろ欠陥があるということを、覚えておいていただきたい。
東京という町はその成立のしかたが独特である。東京は京都の町と違い、昔から人が住んで、だんだん発達してきた町ではない。江戸時代の初めに、全国各地の人が移り住んで、急にできた町である。(~中略~)
そういうところに発達した言葉というものは、おたがいにほかの地方から来た相手に通じない言葉はやめようという気持ちが働く。地方の色合いのついていない言葉が、自然にできてしまうわけだ。各地にある、生き生きした豊かな色合いを持った言葉が、どうしても東京の言葉には少なくなってしまう。
(~中略~)
また地方で、これこそ我が郷土が誇る言葉というものがあったら、恥ずかしがらずに堂々と使ってほしい。今後はこうした地方に生まれた言葉をどんどん広めていくということが、日本語を豊かにすることにつながっていくのである。

この文の中で、日本の各地の素晴らしい方言が紹介されている。例えば、かたくて歯がたたないアメ、噛み切りにくいスルメの足、東京ではどちらも「かたい」というが、広島ではアメは「かたい」、スルメは「しわい」と言うらしい。ニュアンスの違う形容詞はこのように区別すべきだ、と言っている。
私の実家の岐阜県飛騨地方では、冷凍庫で水が凍ることは「凍る」というが、冷蔵庫で牛乳などが冷えすぎて少し凍ることを「しみる」と言う。ちなみに明け方に冷え込むことも「冷える」ではなく「しみる」と言う。東北の「しばれる」と同じだろうか。面白いですね。
と言うわけで、私は東京にいても飛騨+岐阜+名古屋の東海地方ミックス弁を胸を張って使うことにする。

出典:金田一春彦著「日本語を反省してみませんか」